山本山本佳宏 yanmo.jp

二十一世紀の未読(メルマガ)

コミュニティの一生


お断りしてきますと、僕は名言が嫌いなわけでは全くありません、名言に群がる人が嫌いなだけです。あのバンドは好きだけどファンと取り巻きががキモイから嫌、的な、例のアレです。

せっかく良いなーと思うんだけど、その周りに群がる人たちがキモイせいで、その良いなーと思うもの込みで、丸ごと避けてしまう。僕は群れそのものがあまり好きではないので、さらにその外周から火事場見物のように眺めるのも苦手です。なのでより一層そう感じてしまうのかもしれませんが。

 


選ばれるということ

 

「放送作家のなり方は100人いれば100通りある」

 

作家がガキに聞かれる質問の2TOPは、「○○(芸能人)と会ったことある?」ともうひとつ、「どうすれば放送作家になれますか?」なんですが、どうすれば作家になれるかと尋ねれば、作家は100人が100人とも同じように答える。

 

「放送作家のなり方は100人いれば100通りある」

 

そこは100人いれば100通りの答えを言いなさいよ。

ひねりなさいひねりなさいと嘉門達夫に言われながらひねりなさいよ作家のくせに。

 


何かメルマガのお題募集(後編)

 

さて先週号に引き続き、皆様からTwitterでお寄せいただいたお題を元に、何ごとかを書いていこうと思います。お題をご提供くださった方のほとんどはメルマガをご購読されていらっしゃらないかとは思いますが、一応、読んでらっしゃるつもりでお答えするような感じで。

 

 

 

*本気について。人間どこで本気を出すべきなのか、出さないまま終わることもありなのか。一体本気て何?…などとふと考えました。いかがでしょう。

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何かメルマガのお題募集(前編)

 

あまりにも筆が進まない、メルマガはまあ別にいいとして筆が進まない、筆が進まないなんていう理由で僕の蝋燭が源平討魔伝のごとく着実に減っていくのを見るのは本当に悲しくなります。あと何本残ってるのかしら。

 

そんな悲しさや焦りは冷静な判断能力を奪ってしまいますもので、僕はTwitterに何かを頼ろうとしてしまいます。

「何かメルマガのお題募集」

 

これまでもメルマガでお答えしてきたこと、さらにはもっともっと気が遠くなるほど昔に正解を見つけ、気が遠くなるほど繰り返し答え、全く伝わらなかったことも、含まれているかもしれません。それ前見た、というものにつきましては何卒ご容赦ください。

今の僕はお悩み相談室でも、学校の先生でも、番組スタッフでもありませんので、かつてに比べればなお一層、媚びは減少してしまっておりますので、お気に障った方に対してはお詫びしますが、訂正はしません。

 

 

ともあれ、Twitterでのワガママなお題募集にお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。できる限りお答えしてまいりたいと思います。

 


やっぱりスタバ好き


人を殺してそうな顔と言われて久しく、僕も全くそう思いますので全く不快ではありません。「人を殺していないことに違和感」と意識高い違和感ババアにツイートされる日も近いのでしょうがそんなことはどうでもよくてですね、夜道などではむしろ申し訳なくなるほどには自覚しております。

 

家への帰り道、少し後ろを歩く僕を何度もちらりちらりと不安げに振り返り、ついには小走りになって遠ざかって行く女たち。私の上を通り過ぎて行った男たち。そうそう、それぐらい警戒するぐらいのほうが安心だ、何かあってからでは遅いのだからお逃げなさい、お嬢さんお逃げなさいと一応鷹揚に構えてはみるものの、やはり奥歯には不快感がのカスが残っています。

誰がお前なんか襲うか! と心の中で叫び残りカスを飲み下したのち、僕は考えました。やっぱりちょっとは傷つくので、もう少しくらいは、人を殺さなさそうなオーラを纏いたいです。


 

どれだけかわいらしく、あるいは爽やかな格好をがんばってしてみても走って逃げられてしまう。この前なんか若妻がベビーカーをボブスレーのごとく押してカーブを曲がって行きましたから。

そんなイカ墨色の感情に襲われたことのあるブサキモは僕だけではないはずです(ビュッと落涙)

 

しかしご安心ください。僕はこの、待ち針で手のひらをチクチクと刺され続けるような心の痛みの蓄積から解放される術を、先日偶然発見することに成功いたしました。もう大丈夫ですみなさん。



2.0が何とか見えないものかと毎年頑張ってみたが、小学校ではいつ計っても1.5だった。目が良いことはほんの少し自慢でもあった。

学年にひとりかふたりは、まさに牛乳瓶の底のような分厚いレンズのメガネをかけている子がいて、彼らはそれをバカにされていた。僕も、あんなカッコの悪い姿にはなりたくなかった。

中学生に入るか入らないかの頃になって、自宅の改築が終わり僕は初めて自分の部屋をあてがわれた。誰に気兼ねすることもなく夜な夜な、ベッドの明かりだけを灯して本やマンガを読んだ。中学での最初の視力検査の結果は0.7だった。

目が悪くなっている自覚はなかったので驚いたし、何より自分の数少ないささやかな自慢のひとつを失ってしまったような気がした。

視力の低下はそれからも止まらなかった。0.7から0.3へ、そして0.1へ。たった数年でズルズルと目は悪くなり、僕はメガネを買うことになった。


バブ(ゆずの香り)


平日の朝早くから、細い歩道を占領して行列がこちらに向かってきた。

大人が行列で歩くことは稀だ。

 

僕たちは誰かに先導してもらわなくとも、友達とじゃれ合って車道にはみ出しはね殺されたりはしないし、目的地を誰かに任せなければならないこともない。大人の行列は、それだけで奇異に見える。


キャッチボール大嫌い


駅の近く、高架下に細長く広がる駐車場で、中学生と父親を見た。

学校の体操服を着た少年の坊主頭と白いハイソックスと白いスニーカーは薄曇りの空気の中で初々しく光り、彼は父親を相手に野球のピッチング練習をしていた。

ミットを構えて仁王立ちする父に向かって、セットポジションからの投球を繰り返す息子。何かもっともらしいアドバイスを一言二言添えて球を投げ返す父親。僕は大変うらやましくて、周囲も顧みずに立ち止まって駐車場の投球をしばらく眺めた。

 

 

僕は父とキャッチボールをするのが大嫌いだった。


時事ネタ

 

最近の流行りはなんですか、あれですか。

笑っていいともをダシにしてマイストーリーを開陳するあれですか。自分語りも大変ですね。

よーし、パパもいいともをダシにしてメルマガの文字数埋めちゃうぞー。

 

僕が小中学生のころは、いや高校ぐらいまでかな、笑っていいともは名実ともに国民的番組でした。何と言ったって、平日の真昼間にテレビを観られる人なんて限られているのにも関わらず、そこでどんなことが起こったのか誰もが気になって仕方ないという前提で世の中が動いているわけですから。日曜日のいいとも増刊号はそういう意味ですよね。こんな大事な番組を観られなかった可哀そうな人たちへの救済措置。見てたなー。小さい頃は。誰が誰を紹介するのか知っとかなくちゃと。


エレベーター前感覚


台風一過、澄み切った秋の空は高くて怖い。

僕は空を見上げるといつも、天地が逆転して落ちていきそうになります。秋空は、底が果てしない深淵のようだ。怖い。

 

国語のテストで、ですます調と、だである調を混ぜて書くとアホだと思われて減点されますから気をつけろ。

 

知らなかったよー空がこんなにあおーいとーはー

 

怖いから空はちゃんと見れない。




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