山本山本佳宏 yanmo.jp

二十一世紀の未読(メルマガ)

イヤだイヤだ


はーイヤだイヤだ。

 

アルゼンチン負けてしまいました。

先日もお話をしましたが、アルゼンチン優勝予想というのは分析の結果ではなくて僕の願望ですので、人に押し付けるようなことは致しません。

「月刊風とロックファン感謝デー」のオープニングの原稿を書いてくれと箭内さんから電話で言われた時、「サッカーどこが優勝すると思いますか」というご質問からスタートしたんですけど、ああ僕なんかにお気遣い頂いて申し訳ないなと思いながら、「ドイツかオランダですね」とお答えしました。箭内さんがどこかでワールドカップネタを話すときに恥ずかしくないよう、まともに当てにいった感じで。それをどうやらラジオでお話しされたそうですが、僕個人のワールドカップにおける予想は常にアルゼンチンでしかありません。


裂け目 3

 三本の道が再び目の前に現れるまで、どれくらいの時間が経ったのか、トキには分かりませんでしたし、知ろうとも思いませんでした。急ぐ必要も、のんびり行く必要も、どちらもないのです。時間を気にしなければいけない理由が、トキにはありません。急いでも、急がなくても、それは時間とは全く関係がない。始まりと終わりがあって初めて、時間は生まれるのです。彷徨うとは、彼にとってそういうことでした。


月刊 風とロック ファン感謝デー


先日、『月刊 風とロック ファン感謝デー』の会場にお邪魔してまいりました。

 

ありがたいことにお誘いいただいたからというのももちろんあるんですけど、箭内さんに、今回のイベントのオープニングに当たる、「月刊風とロックの歴史」のナレーション原稿を書いてくれとご依頼を受けたからです。

僕はもう、「構成だけ」とか「台本だけ」みたいなお仕事、つまり複数人で行う制作業については全てお断りしているんですけど、「あ、そういえば、月刊100号展にお花出すの忘れてた」という申し訳なさもあって、お祝い代わりと言ってはおこがましいですが、やらせていただくことにしました。

 


裂け目 2

(この章を読むのに必要な時間:約3)

 

 目が慣れてきたのか、それともどこからか明かりが差してきたのか、大草原のうねりがトキにも見えるようになっていました。小高い丘の上に、ひときわ濃く一本の木の影が、ぽつんと伸びていました。

 


裂け目


 薄く高くなった雲に小さな小さな丸い穴が開いて、半分の月が顔を出しました。

 うねりながら果てしなく続く大草原に小高い丘があって、枝が茸のように広く横に張った大きなクスノキがぽつんと、立っています。永遠に続くかと思われた長く強い雨がようやく止んで、雨粒が落ちているのは樹の下だけになりました。

 クスノキが落とした最後のひとしずくがまぶたに当たって、トキは目を覚ましました。雨宿りをしているうちに眠ってしまっていたのです。


豚の女 1

(この章を読むのに必要な時間:約220)

 

 その女は頻繁にピザを注文した。週に一度は必ず、多い時には三日と置かず電話をかけてくることもあった。単身者向けのマンションも多く並ぶ住宅街にあって平日も注文の多い宅配ピザ屋ではあったが、大抵の客は多くとも月に一度程度の注文でそれでも彼らはバイトたちから常連客として扱われ、顔や好みのピザや電話での話し方であだ名がついたりもした。トッピングなしでチーズだけを三倍増しで乗せたピザばかり注文する痩せぎすな中年男は、いつも絵の具のようなもので腹の辺りが汚れたシャツを着て玄関に出てくるので、あだ名は美術だった。エレベーターのない団地の主婦は度々同じ棟の主婦と子どもを集め、一度に四枚も五枚もピザを階段で運ばせるので、五階のババアと呼ばれていた。しかし、その女にうけはあだ名がなく、あの女、と呼ばれた。

  アルバイトの足立は数日の見習い期間を終えて一人で宅配することを許されたばかりの新大学生である。高校時代は部活動に明け暮れたためこれが生まれて初めてのバイトであると、同僚に訊ねられるたび彼は固太りした肩を丸めてもごもごと話した。

石鹸

(この作品を読むのに必要な時間:約240)

 

 薄褐色のハトロン紙と柿色の色紙を丁寧に重ねた包装を剥がすと、卯の花色のハンドメイドの石鹸が穏やかな四角さを保って現れた。紫がかったサルビアブルーの筋がゆったりとマーブル模様を描いている。グレープフルーツの香りがなお一層、夏を吹き抜ける風を呼んだ。


何者にもなれなかった人のための放送作家講座 4

(この章を読むのに必要な時間:約150)

 

 放送作家になってみるのもいいかもしれないが、どうやってなればいいのか良く分からない。

 このような疑問・質問に対する、放送作家の答えは定型化しています。

「放送作家になる経緯は十人十色で、みんな全然違うから一概には言えない」と言って、答えない。

 確かに、一般企業へ会社員として就職する道のように確立されたシステムというのは存在しない、極めて曖昧な、言い方を変えればいい加減な職種であるとも言えますが、この講座において、放送作家になる方法へのベスト解答はひとつしかありません。

 

 出来る限り大手の番組制作会社、もしくは放送作家事務所に所属、もしくは就職することです。

 


切った髪の匂い 2

(この作品を読むのに必要な時間:約2)

 

 美容室の床に落ちた髪が美味しそうだ、と物心ついた時から感じていた。濡れた髪がいくつもいくつも笹の葉のように白いクロスにはらりと落ちて光っている。幼い私は息を飲んでおずおずとそのうちの一束を指で摘まみ、飽きもせずじっと眺めた。じっと眺めた末おもむろに舌を伸ばして笹の葉を口に運ぼうとして母に手をはたかれ泣いた。泣きながら隣で髪を切っていた女の周りに落ちた大量の毛をギロギロと横目で見ていた記憶。一人で髪を切りに行くようになって髪を濡らさず切るようになって、スライスチョコのような繊細な食べ物に生まれ変わった髪の毛を見た時の初恋にも食欲にも似た記憶。


切った髪の匂い

(この作品を読むのに必要な時間:約220)


 美容師の目を盗んでクロスの中に両腕を仕舞ってふわりとしゃがみ、誰にも気づかれないよう床に落ちた自分の髪を一掴み、拾う。髪の匂いは一刹那。汗にまみれた手でいつまでも握っておくことはできない。ポケットに押し込んで持ち帰ることもできない。床に這って鼻をすりつけたい情動を抑えて女は、白いクロスから音もなく手を出し、鼻の頭でも掻くような素知らぬ顔で顔に近づける。



山本山本佳宏 『二十世紀の未読』 完全版(pdf/epub)

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