(この章を読むのに必要な時間:約3分)
目が慣れてきたのか、それともどこからか明かりが差してきたのか、大草原のうねりがトキにも見えるようになっていました。小高い丘の上に、ひときわ濃く一本の木の影が、ぽつんと伸びていました。
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目が慣れてきたのか、それともどこからか明かりが差してきたのか、大草原のうねりがトキにも見えるようになっていました。小高い丘の上に、ひときわ濃く一本の木の影が、ぽつんと伸びていました。
薄く高くなった雲に小さな小さな丸い穴が開いて、半分の月が顔を出しました。
うねりながら果てしなく続く大草原に小高い丘があって、枝が茸のように広く横に張った大きなクスノキがぽつんと、立っています。永遠に続くかと思われた長く強い雨がようやく止んで、雨粒が落ちているのは樹の下だけになりました。
クスノキが落とした最後のひとしずくがまぶたに当たって、トキは目を覚ましました。雨宿りをしているうちに眠ってしまっていたのです。
(この章を読むのに必要な時間:約2分20秒)
その女は頻繁にピザを注文した。週に一度は必ず、多い時には三日と置かず電話をかけてくることもあった。単身者向けのマンションも多く並ぶ住宅街にあって平日も注文の多い宅配ピザ屋ではあったが、大抵の客は多くとも月に一度程度の注文でそれでも彼らはバイトたちから常連客として扱われ、顔や好みのピザや電話での話し方であだ名がついたりもした。トッピングなしでチーズだけを三倍増しで乗せたピザばかり注文する痩せぎすな中年男は、いつも絵の具のようなもので腹の辺りが汚れたシャツを着て玄関に出てくるので、あだ名は美術だった。エレベーターのない団地の主婦は度々同じ棟の主婦と子どもを集め、一度に四枚も五枚もピザを階段で運ばせるので、五階のババアと呼ばれていた。しかし、その女にうけはあだ名がなく、あの女、と呼ばれた。
アルバイトの足立は数日の見習い期間を終えて一人で宅配することを許されたばかりの新大学生である。高校時代は部活動に明け暮れたためこれが生まれて初めてのバイトであると、同僚に訊ねられるたび彼は固太りした肩を丸めてもごもごと話した。