山本山本佳宏 yanmo.jp

2012年9月のエントリー 一覧

『イイ声 is クリエイティブ』 (2005年11月号掲載)

 

ほんとうですかほんとうですかイイ声が女子にモテるってほんとうですか。ブサイクでもいいか?しょうゆorソース顔じゃなくてもいいのか?あせりすぎて脳味噌箪笥の過去の引き出しがパッカリ開いてしまいました。

 

エエ声ーー。エ・エ・コ・エーーエ・エどうでしょうそこのお方。エエ声ですか。

 

ある専門家の調査によると。ある専門家ってうさん臭いなおい。でも信じて名前ド忘れしただけなの。ある専門家の調査によると。五感の鋭敏さで1番男女差が際立つのは、「視覚」と「聴覚」らしい。

 

その専門家くずれ。いやだから崩れてはいないんだけれども。その専門家はどんな調査をしたのかというと、男と女に、それぞれエロビデオを見せたらしい......俺も是非、名乗りたい専門家。蹴りたい背中。あと情報筋も名乗ってみたい。すじ。

 

男は、エロビデオの音声をミュートしても目的を余裕で完遂したが、音声のみでは半落ちだった。半落ち?そうかもな。

 

女はその正反対。エロビデオの映像だけでは興奮できず、音声のみを聞かせるとハアハア言い出した。ハアハアって何かイヤ。

 

ほんとうですか?こんなシンプルな結論?本能的な部分では、女は顔なんかよりも声のほうに、ビビッドな反応を見せるってこと?ってことは、イイ声はモテるってこと?信じる。専門家風情のこと信じる。っていうか、この声のパワーって、クリエイティブにもつながってないか?女をフウフウ言わせるくらいだもん。あれフウフウだっけ。ヘエヘエだったか。そんなこという女はいないしホオホオいう女もいない。いるけどな(大人発言)

 

イイ声がもたらすクリエイティブパワーは確かにある。ある情報筋からそんなネタを入手したことにして、検証に入ろう。

 

 

メルマガ『二十一世紀の未読』 2012.09.25

 

ゲーテは「生活はすべて次の二つから成立っている。したいけれど、できない。できるけれど、したくない」とか言ったわけじゃないですか、ゲーテのおっさんって200年も前に死んどるわけですよ、「名言っていつまでたっても色褪せないわねー」というのもそうなんだろうけど普通に考えたら、「そんなこと言われんでもみんな理解してそれぐらい実践してるがな」ってなるもんでしょ200年もあれば。200年ですよ。町人がアホみたいな顔して『南総里美八犬伝』読んでた時代ですよ。ソクラテスは「生きるために食べよ、食べるために生きるな」とか言ったわけじゃないですか知らないですけども、あのおっさん2400年前ぐらいに死んどるわけですよ、2400年前ですよ。高床式にネズミ返しつけてドブネズミみたいに美しく笑ってた時代ですよ。「そうか!すごい!ソクラテスすごい!気づかされました!」僕らは2400年も何もしてたのかと。いや百歩譲って僕らはしょうがないとする、今日初めて見た名言だとしたら反応まではウソつけない、しかし2400年もあってそんなコトさえ生きて行く上で当然であると生活に浸透させ実践させられなかった僕らはどうなのかと。何をボヤボヤ生きとったんや先祖と。おい亀吉と。曾祖父の名前はやめて差し上げろ。

『方言 is クリエイティブ』 (2005年10月号掲載)

東: あのさー、福島県出身ってホント?

地: え、あ、まあそうだけど。

東: 方言出なくない?

地: そ、そう?そんなに意識したことないんだけどな。

東: 全然分かんないよー!ねえねえ、何か方言しゃべってみてよ。

地: え?

東: だべとかずらとか言うんでしょ?

地: い、言わないよ、そんなの。

東: ウソー?じゃ、だぎゃーとかみゃーとか?

地: 言わねえってば!

東: あ、今、ちょっと訛らなかった?

地: ...え?

東: 今、訛ったよね?

地: 訛ってないじゃん。

東: 何急にジャンとか言ってんの?訛った訛ったアハハハハハハ訛った訛った!アハハハハハ

 

ウワワウワウワワワーーー!(ガバババッ!)...夢か...

 

 

ウワワウワウワワワーと叫んで飛び起きた汗ジットリナイトメア男の気持ちを分からない人、東京出身者。

 

「キミたちには絶対分からないし、分かられてたまるもんか!」と、アホ脚本家が書きそうなセリフが頭に渦巻いた人、地方出身者。

方言を隠しつつ矯正する。かつては「上京」における通過儀礼であった。

この高いハードルを越えようとする中で、ねじくり返ったコンプレックスが、いまだにツムジの辺りでクルクルと理髪店の棒のように回転している人も多いだろう。

 

しかし最近、東京都心のあちこちで、耳にしないか、方言を。気のせいか。俺の気のせいか。俺は疲れているのか。そういえば昨日コエンザイム飲むの忘れた。いや飲んだっけ。飲んだのは葛根湯だっけ。何で葛根湯飲んだんだっけ。

 

それはともかく、都心にあふれる色とりどりの方言。都心というよりも、クリエイティブオーラをドリドリ放出している人にこそ、方言使いが多くなっている気がする。本当か。クリエティブと方言の関係を調べてみる価値はあるのか。でももう止まらない。



『シルバー★ロック!!』 (2005年8月号掲載)

 

ものすごく曖昧な言い方だが、自分が年を取ったときのことを考えたことがあるだろうか?

 

『かわいい孫に囲まれて、幸せに...

『どこか南の島で、のんびりと...

 

古い。ダサいとは言わない発想が古い。何て凝り固まった頭なんでしょう。まるでお年寄りみたい。

 

若ければ瑞々しくてエナジーがあって、年を重ねれば脂ぎって実行力があって、もっと年を取れば枯れて使い物にならない。

 

無礼ですか。でもそう思ってるでしょ。こんなステレオタイプなイメージを、即捨てていただきたい。埋立地に埋めていただいてお台場を広げる助けにしていただきたい。お願いしすぎですか。でも捨てて。

 

ロックに年齢なんて関係ない、なんてつまんないことは言わない。はっきり言おう年取ったほうがロック!若さなんてダメダメダメ!ロックじゃない!ロールすらしてない!シルバー世代は枯れてなんかない!渋味なんか出してない!ひたすらロック!

 

ホラご覧。白いマットの5つのジャングルに、シルバー★ロックファイターたちが、次々と大集合だ!

 

熱き戦いをその眼で、しかと見届けろ!

 

 

 

メルマガ『二十一世紀の未読』 2012.09.18

 

■■ 序 ■■

 

風とロック芋煮会2012@猪苗代湖

何だか今年も参加させていただきましてありがとうございました。

僕らごときの企画に集まっていただいた方も、誠にありがとうございました。

 

 

東京を離れて物理的に仕事ができない時間が増えると、

僕のような内向きの人間は、どうしても考え事をする時間にあててしまいます。

 

自分に最終決定権がないものはもうやらないと最近は申し上げておりますが、

これまでも運営にも制作にも関与しないイベントに参加することは職業柄ほとんどありませんでした。

 

こういうのって、すごく居心地が悪いですよね。嫌な意味ではなくて。

身の置き場がないというか、ここに居ていいのかとか考えてずっとキョロキョロオドオドしてしまうし、当然主催者のみなさんには気を遣うし、言うことも聞かなきゃいけないし、迷惑かけないようにしなきゃいけない。

 

嫌な意味では全然ないですよ。みなさん優しいですから。嫌なイベントになんかそもそも参加しません。

 

 

 

『ノック音 is クリエイティブ』 (2005年8月号掲載)

 

ギロバッグイクンバシュシュビチャバッカッキィィングイッパカパカカシュカシュズォォォォズォォォォォォォグオオオバラッガガガガガガガグイクイズザッブシュウウモワモワグイビンンギュダッゴソゴソスッボンザザパシハアハアハアシュカカカカガガガガガカシュウウカシャカシャ

 

 

いやー、面白い。面白いですなナルトは。

 

そんなわけで、月刊風とロックの目下の競合誌である『週刊少年ジャンプ』で大好評連載中。『NARUTO725日号掲載分の全擬音をお届けしました。

 

ストーリー、キャラクター、色々要素はあるでしょうが、そういったマーケティング臭のするモロモロのワクをハミ出して、その漫画の勢い個性クリエイティビティがズルむけに表出してしまうのは擬音だったりします。ほら、もう1度、擬音のみをご覧ください。何となくシーンが浮かんでくるでしょう。...浮かんでくるでしょ?...コラ!ダメです。許しませんよ、浮かんでくるでしょうって言ってるのにダラダラ斜め読みしようとするなんて。反抗期の青い少年少女以外の反抗は許しません。

 

 

さて。漫画に必要不可欠な擬音表現は、なぜこんなにイキイキとしているのか。それは、『音の連続』にあるんじゃないか。そう考えておりますか。かじゃねえよ。考えております。

 

『ガガガガ』『ズババババ』『あたたたたたたた』...ほら、口に出して言って御覧なさい。ほら、脳みそをシャレコウベの上からコツコツと誰かがノックしているような感じ、しますでしょ。これをですね、『ノック音』と呼んでおります。同じ音、特に『カ行』『サ行』『タ行』『ラ行』の連続で脳を刺激する...あ、あと濁音。もし『ノック音』が、自分の名前の中に入っていたら...それはそれは、クリエイティブな人間になれるはず。というか、「ノック音の名前を持つコト」こそが、クリエイティブへの近道なんじゃないかと。そんな思い込みの迷路へと迷いこんでいくことにします。迷い道クネクネ。明日はどっちだ。方向気にしてる暇あったら寝ろ。勝手に明日になってっから。

 

メルマガ『二十一世紀の未読』 2012.09.11

 

以前に近年言葉から身体性が失われているという井上ひさしの話を引用したことがありました。

言葉が行動による体験によって獲得されていないと。簡単に言えば、言葉を発さずにできてしまうことが増えすぎたと。

 

僕は昔から身体のことについて書かれた文章が好きです。

鼻がかゆいとか腕の骨折れたとかヒゲが伸びたとか小指の爪が潰れてるとかチンコが臭いとか血管が浮き出てるとか脳みそには痛覚がないとか、そういう身体そのものの話と、あとは身体感覚とか病気の話です。

『こども★ロック!!』(2005年7月号掲載)

 

結論から言おう、大人はダメだと。

 

どれだけイキがってみても、どれだけ『あの人の生き方ってロックだよね』と言われても、所詮は大人。

『俺も昔は、ワルだったなー』とか言ってみても、そしてそれが、ただのハッタリじゃなかったとしても、所詮は10代後半の話。

人間は、成長し、学習する。望むと望まざるとに関わらず。

どんなライフスタイルにも、ルールとマナーがあり、大人は無意識のうちに、そのルールの中で自分にリミッターをかけ、安定を望んでしまう。

 

要するにだ。極論すれば、『ロックな大人』なんてどこにもいない。

ロックなのは、まだ何事も学習していない、まっさらな状態の『こども』だけだ。

 

「こどもこそロック!」

 

この主張を裏づけするかのように、私の元に、某所から、ある資料が届けられた。

福井江太郎画伯。ダチョウをモチーフに、ただひたすら、描いて描いて描きまくる、ハイパー日本画家である。

彼は、大学で教鞭も取っているが、ここで生徒たちに課した課題のテーマもハイパー。

 

『自分が覚えている、1番初めの記憶を書け』。

 

...学生たちから集まったレポート用紙は、大人の想像を絶する、数々の『ロック』で彩られていた。

アンファン・テリブル。以下にその一部を挙げてみたい。断っておくが、全てがノンフィクション。事実である。

 

メルマガ『二十一世紀の未読』 2012.09.04

 

■■ 序 ■■

 

死ぬまで寝ていたいぐらい寝るのが大好きです本当は。ずっと寝てたら後悔とかあれやらなかったこれできなかったとか苦悩しなくてすむじゃないですか、何らかの失敗による結果を味わうこともなくただ寝る。布団にへばりついて寝る。おいお前2億円借金することになったぞ、寝る。おいお前アサシンに追われてるぞ、寝る。おいお前お風呂お湯あふれてるぞ、寝る。おいお前お母さんがテニススクールのコーチと駆け落ちしたぞ、寝る。どんどん寝ていく。すごい寝ていく。死ぬまで寝ていく。万能です。やっぱり寝るって素晴らしいですよね。

やりたいこととか好きな人とか出会ったり別れたりの喜びも悲しみも感じることなく寝ていたい。ねえそれってつまんない人生なんじゃない?生きてると言える?みたいな寝屁のような質問には寝屁で返事をしてまだまだ寝ていく、聞こえない、寝屁は聞こえない、それぐらい好きなはずでした、というのをさっき久しぶりに乗った夜の山手線で隣に座っていた男が怒ったキリンのように首をブルンブルン振り回して僕の肩に側頭部辺りを散々ぶち当て続けたあげく品川で走り降りていったのを目で追いながら考えていたのでございます。謝れよ。謝れよ。謝れよ。同じく雄々しいキリンのオスとして首振り回して対抗しなかったのを感謝しろよ。感謝しろよ。感謝しろよ。バチーン。バチーン。バチーン。すいません。すいません。すいません。

 

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