部屋に物がたくさんあふれているのが苦手です。

ごちゃごちゃと装飾するのも苦手。というか何をどうやって飾ったらいいのか全然分かりません。そういうことで自分が幸せな気分になるのが想像できない。できれば家具も最小限で済ませたい。流行りのミニマリストみたいですか?あんな気持ち悪い感じではないです、一応部屋もカッコつけたい気持ちはあるはずなんですが…他人から見れば同じようなものかもしれない。

物はできるだけ目につかないようにどこかにしまいたい。しまえないほどのたくさんの物を部屋に置きたくない。すぐに捨てる。

 




初めて観葉植物を買いました。

ふと思いついたら訳もなく乗り気になってしまって、めぼしい店をあれやこれやと、けっこうマメに見て回りました。

いくつ見ても、何かどれもちがう気がする。そりゃそうです。どんなのが欲しいのか、そもそも全く見当がついていない。

じゃあ買うなよ。

 

さんざん徘徊する中で、無理やりに欲しい観葉植物を思い描きます。じゃないと買えませんから。

葉っぱが尖ってるのは怖いからイヤ。

サボテンはとげがあるからイヤ。

小さい葉っぱは貧乏くさいからイヤ。

幹が黒いのは何か汚らしいからイヤ。

小さいのは置いても見栄えが変わらないからイヤ。

 

いやいやえんかお前は。

いやーだって良く分かんないし。

実物を色々見ても、枝の曲がりが気に入らないとか、何か葉っぱがシワシワな気がするとか、ネガティブなところにばっかり目が行きます。

 

 

例えば絵を飾る。飾る?絵を?何の?

自分の家に絵を飾るってせいぜい1枚か2枚じゃないですか。

僕にとって、人生で一番の絵画は、別に決まってないんですよ当然ながら。

わりと好き、みたいなのが過去に何十点かあったかもしれないが、それもその瞬間に忘れ去っていて、それを無理やり掘り起こすことができないこともないがもし、マチスを選んだとしたら、エッシャーを選んだとしたら、ドラクロワを選んだとしたら、たぶん僕は色んな理屈を後からこねて、その絵が特別に好きだと思い込もうとするはずです。そして僕はそれが嫌なんです。

 

 

めんどくさいやつ。

 

 

絵は飾れない。写真やアート作品も飾れない。飾るとしたら、「別に好きじゃないけどとりあえずの腰かけ的な感じで」みたいな言い訳を、それはそれでまたしてしまうはずで、それはまた輪をかけてめんどくさい。

 

絵が選べない。一番好きな絵を選ぶことができない。

一番好きなもの、一番好きな人を、たった一つだけ。二つとか三つとかじゃないですよ、たった一つだけ選ぶことができないというのは、不幸なことです。幸せの意味を全く知らない愚者の僕でさえ、それだけは明確に分かる。

 

みんな大好きで、誰か一人なんて選ぶことができない。

それを幸せと呼ぶことができれば、どんなにいいでしょう。




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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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