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 その女は頻繁にピザを注文した。週に一度は必ず、多い時には三日と置かず電話をかけてくることもあった。単身者向けのマンションも多く並ぶ住宅街にあって平日も注文の多い宅配ピザ屋ではあったが、大抵の客は多くとも月に一度程度の注文でそれでも彼らはバイトたちから常連客として扱われ、顔や好みのピザや電話での話し方であだ名がついたりもした。トッピングなしでチーズだけを三倍増しで乗せたピザばかり注文する痩せぎすな中年男は、いつも絵の具のようなもので腹の辺りが汚れたシャツを着て玄関に出てくるので、あだ名は美術だった。エレベーターのない団地の主婦は度々同じ棟の主婦と子どもを集め、一度に四枚も五枚もピザを階段で運ばせるので、五階のババアと呼ばれていた。しかし、その女にうけはあだ名がなく、あの女、と呼ばれた。

  アルバイトの足立は数日の見習い期間を終えて一人で宅配することを許されたばかりの新大学生である。高校時代は部活動に明け暮れたためこれが生まれて初めてのバイトであると、同僚に訊ねられるたび彼は固太りした肩を丸めてもごもごと話した。



「おい足立、これ行ってきてくれ」

 ある日、注文の電話を終えた古参のフリーターが伝票を空のピザボックスに貼り付けながら言った。

「これだったらそんなに遠くないからお前も大丈夫だろう」

「はい」

 足立は壁一面に大きく貼られた地図の前に立って、手に持った黄色のマグネットを漂わせた。

「この女、相当の常連だから。家の場所覚えといたほうがいいよ」

 コンベア式のオーブンから姿を見せた生地にはロースハムとコーンとペパロニとアンチョビが乗っていて古参は、頼むピザもいつも同じだと言った。

「八木橋さんはその人に配達したことあるんですか」

「あるよ何回も。先週も行った」

「そんなに何回も頼めるって、結構お金持ってますよね」

「水商売でもなさそうだけどな、こんな早い時間に家にいるんだから」

「美人なんですか」

「美人は美人だけど。まあ行ってみれば分かるよ」

 思わせぶりな返事に足立は確信した。発情した女が待ち構えていて玄関でズボンを下ろされる。これはもう間違いないのだ。八木橋はすでにその天恵を受けたのだ。大人の世界はこうも容易く迎えに来てくれるものであったのだ。足立は緊張した。自分に上手くこなす事ができるだろうか。

 その女の家は駅前の店から10分ほど原付を走らせたところにあった。手入れされた木々が整然と並ぶエントランスの向こうにそびえ立つタワーマンション、足立は激しく気後れした。こんな良いマンションに住む美人の女が、果たして自分を見て欲情してくれるのだろうか。息を荒く吐き出しながらもどかしげに自分のズボンを下げてくれるのだろうか。

 オートロックのインターホンを押してしばらくの沈黙の後応答があった。明るさと淫靡さが同じ分量で存在する、想像していた通りの声である。足立はこれ以上なく身を強張らせ、エレベーターに乗った。

 ドアが開いて強い芳香剤の香りと共にその女が首をかしげながら顔を出した。流れるように巻かれた栗色の髪が左右に揺れて足立は呼吸を止めた。

 仕事から帰ったばかりだろうか、スーツの上着を脱いだだけのような薄いブラウスと膝上丈の黒いスカートと、素足。ブラウスからは乳首が透け、乳房が揺れた。足立の呼吸は再度禁じられた。いつもありがとうございます、と屈託なく微笑んで女は財布を開いた。




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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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