(この章を読むのに必要な時間:約3)

 

 目が慣れてきたのか、それともどこからか明かりが差してきたのか、大草原のうねりがトキにも見えるようになっていました。小高い丘の上に、ひときわ濃く一本の木の影が、ぽつんと伸びていました。

 



 闇に浮かび上がったいくつかの道のうちのひとつを選び、進み、それらが全て紙に描かれた絵であることに気づき、それでもなお紙を突き破って進んだ先には、進む前と何も変わらない光景が広がっていました。前後不覚に逃げ走ったあげく、トキは今、その木の輪郭を遠くに眺めています。

 

 あれは、自分が雨宿りをした木だろうか、自分はまた元来た道を引き返してきたのだろうかと、彼はさらに歩みを進めました。

 空気さえも抜き取られてしまったようなぽっかりとした息苦しいう闇はどこかへ消えましたが、今度は分厚い雲が、顔を見せた半分の月を再び覆い隠してしまいました。雲はトキが丘に辿り着く暇を与えず、雷鳴と共にまた雨を降らせ始めました。勢いのあまりの激しさにトキは走り出すこともできません。上着を頭の上まで引きずり上げてその場にうずくまってしまいました。滝の打ちつけるような音を縫うようにして、牛の鳴き声が痺れてしまった時の耳にかすかに届きました。

 野生の牛も、嵐の夜は大木の下に身を寄せ合って風雨をしのぎます。どうやらあの木の下で、数十頭ほどの群れが雨宿りをしているようでした。勾配の窪みで身を丸く屈めたトキは何度も顔を手で拭いながら、目をこらして雨の向こうに見える牛の様子を熱心に見つめていました。牛たちは時折小さく鳴きながら、ある者はごつごつと張った根元に寝そべり、ある者は雷鳴に怯えているのか、不安そうに幹の周りを右へ左へとぐるぐる回っています。

 突如、空が真っ白に光って、岩を巨人が引きちぎるような恐ろしい音が辺り一帯に鳴り響きました。草原は波打つように揺れ、トキは尻もちをついた勢いで坂をころころと転がり落ちてしまいました。彼は恐ろしくて、その場から動くこともできず、ただ目を固く閉じてじっとしていました。

 



........


このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

全文は是非、メルマガでお読みください。


二十一世紀の未読第三章表紙フォーマット.jpg


★登録:http://www.mag2.com/m/0001310550.html