結論から言おう、大人はダメだと。

 

どれだけイキがってみても、どれだけ『あの人の生き方ってロックだよね』と言われても、所詮は大人。

『俺も昔は、ワルだったなー』とか言ってみても、そしてそれが、ただのハッタリじゃなかったとしても、所詮は10代後半の話。

人間は、成長し、学習する。望むと望まざるとに関わらず。

どんなライフスタイルにも、ルールとマナーがあり、大人は無意識のうちに、そのルールの中で自分にリミッターをかけ、安定を望んでしまう。

 

要するにだ。極論すれば、『ロックな大人』なんてどこにもいない。

ロックなのは、まだ何事も学習していない、まっさらな状態の『こども』だけだ。

 

「こどもこそロック!」

 

この主張を裏づけするかのように、私の元に、某所から、ある資料が届けられた。

福井江太郎画伯。ダチョウをモチーフに、ただひたすら、描いて描いて描きまくる、ハイパー日本画家である。

彼は、大学で教鞭も取っているが、ここで生徒たちに課した課題のテーマもハイパー。

 

『自分が覚えている、1番初めの記憶を書け』。

 

...学生たちから集まったレポート用紙は、大人の想像を絶する、数々の『ロック』で彩られていた。

アンファン・テリブル。以下にその一部を挙げてみたい。断っておくが、全てがノンフィクション。事実である。

 


 

1 ケガロック!

 

どんな行動が、どれほど痛い結果を招くのか。それは、体験と学習をもってしか知ることは出来ない。

そして、その通過儀礼を終えていないこどもは、好奇心にリミッターをかけることなく、大人にとっては想像だにできないロックなケガを負い、最初の記憶として、強く脳のシワに刻むことになる。

 

 

※『包丁で指の間を切ってみた』(Y.Hさん)

 

なぜ切る。とか聞くのは大人の悪い癖。切るよそりゃあ。切る切る。こどもなら切って当たり前。だって、半端な皮が余ってるんだもん。邪魔だよね。アレ、ないほうが指長くなるもんね。殿馬だって切ったしね。ゴメンゴメン、おじさんが悪かった。

 

 

※『日めくりカレンダーでアゴを切って出血。』(R.Sさん)

 

どうやって切るのか見当もつかない、と笑うのは大人の悪い癖。日めくりカレンダーでしょ。アゴを切るのも自由自在。1日の終わりにめくりながら紙でスパッと切ってもよし。めくりやすいように付いているギザギザでラフにカットしてもよし。こどものイマジネーションは無限大。思うさま、カレンダーに飛びつけばそれでよい。そして学ぶ。日めくりカレンダーは危ないと。

 

 

※『成長痛が激しくて、四畳半の部屋で泣いていた』(M.B.さん)

 

イタタタタ...何ですか成長痛。ケガに入れていいのか。まあいいか。ちょっと毛色の変わった痛みを味わうこども。しかも四畳半。M.B.さんは、このとき身長が5メートルくらいまで成長して、四畳半の部屋がぎゅうぎゅうに狭くて泣いた、と推察する。その痛み、お察し申し上げます。成長痛も大変だ。

 

 

※『姉妹の中で流行っていた、ハイハイ鬼ごっこをやっていたとき、自分のハイハイの速さに驚いて、柱に頭をぶつけた』(Y.K.さん)

 

きたー!『ランナーズ・ハイ』ならぬ、『ハイハイズ・ハイ』!!ザッツ・ロック!

加速するごとに、景色はにじみ、そして何も聞こえなくなった...俺は風になった...ローーーーック!!己の可能性の無限大を感じた瞬間に味わう痛み。ひたすらうらやましい。

 

 

 

ざっと見ただけで、ケガロックはこんなありさま。しかし、私は見逃さなかった。1人の『クイーンofケガロック』が潜んでいたことを。

その名はM.K.さん。彼女は、1枚のレポート用紙に、自身の痛みの記憶を書き連ねた。

 

 

※『栗拾いに家族で行ったとき、上を向いていたら、栗がイガごと落ちてきて目に刺さった』

 

※『幼なじみの子とフリスビーをしていたら壁の上にフリスビーが乗ってしまって、取ろうとしたら壁の出っ張ってる部分におでこが当たって、石が刺さった』

 

※『弟が鎌を振り回して、私の頭に刺さった』

 

 

どたばたギャグ漫画の世界へようこそ。とか言ってる場合じゃない!いやーっ!今のこの子に絶対会いたくない!刺さった3連発!刺さりすぎ!オジー・オズボーンも泣き出すくらいのハードコアこども。日本もまだまだ捨てたもんじゃない。何が。

 

 

2 かんちがいロック!

 

知識と経験が増えていくのは、ロックにとっては害悪でしかない。知ったかぶり、雑学大好き、クイズ王。全てロックとは真逆の位置にあり!まだシワが刻まれていない、こどもの脳みそが下した命令は、ロックとなって発露する。

 

 

※『小さいとき、お母さんのハイヒールを見て、大きくなると足の先がとんがると思った』(Y.Y.さん)

 

さあさあさあ!いきなり来たよー!とがったつま先で、気にいらねーアイツのスネをコツーン!大人になれば、体の各部がアグレッシブ!家の壁も、コレでザックザック登れます!天井に足を刺して、ぶら下がりながら雄叫びを上げられます!大人最高!

 

 

※『昼寝をしていて、起きたときに家におばあちゃんがいなかったので、泣きながら靴箱の中を探した』(T.Y.さん)

 

...小さい!祖母極小!しかもお茶目!靴箱に隠れるなんて!...ん?勘違い?俺の?T.Y.さん超セレブ?靴箱が10×10×10メートルくらいある?いずれにしても、靴箱の中のリアルな大人の香りを長時間嗅いだT.Y.さん。死ぬ間際に人生を振り返ったとき、「大人の階段・1段目」は、靴箱の匂いなはず。足の匂いほど大人なものはない。

 

 

※『かばになりたかった』(M.Y.さん)

 

なりなさい!全力でなりなさい!全力で勘違いしなさい!ふわっと憧れるだけならサルでもできる!あ、かばか。まあいいや。こういう具体的なビジョンを持たないのは、こどもじゃなく、逆に大人。ただの逃避。そういう悪い例として挙げておく。

 

 

 

そして勘違いは勘違いを生み、この世に素晴らしい『勘違いロック』が発芽した。

 

 

※『幼児教室に通っていたが、ある日、そこにかいわれ星人がやって来て、かいわれを食べさせられたが、好きな味じゃなかったので、大泣きしてかいわれ星人から逃げ回った』(M.F.さん)

 

かいわれ星...かいわれ星...ダメ!どうしても丸い惑星が浮かばない。多分かいわれ星は、透明のプラスチック・トレーの中に脱脂綿を敷き詰めたような形をしているに違いないよ。そんな星からやってきた「かいわれ星人」。好きな味じゃないなら泣き叫べ!かいわれなんて食べる必要なし!地球をかいわれから守れ!...とかお茶を濁してはみたものの。「勘違い」と「勘違わない」の境界線がにじみ始めて、大人には何がなにやらさっぱり分からないほどの勘違いロック。

 

 

 

3 AORADULT ORIENTED ロック)!

 

こどもロックには2種類ある。純粋なこどもとしてのロックと、あまりにも純粋なあまり、大人を飛び越して大人以上のアダルトさを身につけてしまったロック。これを私は「AOR」と呼びたい。透き通るような複雑系を見せるAORの数々を検証する。

 

 

※『保育園の先生のボリュームのある体が好きだった』(N.S.さん)

 

ヴォリュームッ!熟してる!先生もアンタも熟してる!中途半端な大人は、概して『好きになった人が好みのタイプ』とかほざきがちであるが、N.S.さんの記憶は、自分の性的嗜好を的確に把握することが、いかに大切かを示している。好みが分かれば、打率が上がる。AOR

 

 

※『お父さんと相撲を取るとき、お父さんは楽しそうだったけど、私は飽きていた』(S.U.さん)

 

枯山水!かすれた毛筆の味!父とがっぷり四つに組めば、気だるい表情を父に見られることなし!飽きているからこそのがっぷり四つ!自我を捨て、全てを受け入れる聖母のようなAOR。若貴兄弟も、こういうロック魂さえ持っていれば、いつまでも仲良くなれるのにな。「光司は楽しそうだったけど、僕は飽きていた」。

 

 

※『担任のK先生は、給食の時間、ひと口ひと口、食べ物を口に入れるたびにハンカチを口に当てていた』(M.K.さん)

 

鋭い観察力もAORのたまもの。しかも観察するのみで、要らぬ感想を持たないのが良い。なぜ三口くらいごとに当てないのか。誰を意識してハンカチを上品に使うのか。そんな野暮なことは考えない。朝顔を観察するように、先生を観察する。給食叙事詩。オデュッセイア。良いように言いすぎですかそうですか。

 

 

※『弟のことで、父と母が話しているのを聞きながら、外を見てた』(A.K.さん)

 

小津安二郎ワールド!違うか。もうこの短いフレーズだけでたまんない。無意味なセンチメンタルが胸を締め付ける、極上のAOR。弟の身に何が起こったのか、別に何も起こってない。父と母は深刻な話をしているか、別にしてない。私は何かを考えていたか、何も考えてない。完璧。全ての邦画は、この1シーンを必ず織り込むことを推奨する。

 

 

※『お泊り保育で、お化け屋敷をやったけど、全然怖くなくて、みんなは2人で行くのに私は1人で行った。夜、ホームシックでこっそり泣いた』(N.S.さん)

 

そうかわーたしー、泣きたかーったんだ?...ユニットバスで泣くドリカムを継承したのは、お泊り保育で泣いたN.S.さんだった。じゃあJ-POPじゃねーか。いいえ違いますAORです。お化け屋敷とホームシックに連動性がない。何もかもに意味があるように語りがちな中途半端な大人を軽く超越し、唐突に涙を流す姿こそAOR。たまんない。CD買う!売ってない。

 

 

それぞれのメロディーを奏でるAOR。ときには、心のヒダにヒダヒダと触れるような複雑なエロスをも表現してしまう。

 

 

※『スヌーピーのBIGぬいぐるみにお兄ちゃんがいたずらして、絵の具で赤く塗って畑に埋め、私を怖がらせた』

 

 『飾りダンスに入っているフランス人形を、お父さんがいたずらしてタンスごと揺らし、私を怖がらせた』(N.T.さん)

 

この家庭に渦巻く、赤黒いエロスを感じないか。父、兄、そして妹。赤いスヌーピー。フランス人形。ビクビクと2人のいたずらに怯えながらも甘受する娘。これだけのキーワードが揃えば、この3人に何かが起こったか起こっていないかは、推して知るべし、だろう。私のような中途半端な大人の口からは、恐ろしすぎて話すことが出来ない。そんな赤黒AOR

 

 

※『3歳のひな祭り。姉に足を触られながら、「小さいね」と言われた』

 

 『姉が幼稚園に入って少しした頃、ベビーカーに車輪に指を挟まれ、爪が、死んだ』(N.H.さん)

 

恐ろしい...エロ過ぎて恐ろしい...何でしょうか。この湿度200%な、姉妹のやりとりは。「小さいね」...エロイ!なんだこの姉の台詞エロ過ぎないかキミたち!興奮しているのは私だけか。そして2つ目の記憶。爪が死んだのは本人だと思われるが、時間軸が姉!姉基準!なんだこの姉妹関係!そして「爪が、死んだ」後の2人には、そして足には、何が起こったのか!ミストサウナのようにねっとりしているAOR

 

 

 

私は、汗びっしょりになって、レポート用紙の束を閉じた。アンファン・テリブル。「こどもロック」を真正面から受け止められるほど、私の心はピュアではないし、強くもない。こどもこそロック。あの時代だからこそ生まれた刹那のきらめきに目がくらむ。やっぱメチャクチャだよこどもって!あいつらをナメてると痛い目に会うぞ、大人たち!気をつけろ!