インスタグラムっていう写真投稿アプリがあるんですけど。使ってますかみなさん。ツイッターの写真バージョン的なことですが。簡単にオシャレ写真加工ができるので人気ですよね。

で、僕の使い方は例のごとく、「イイね」「シェアさせていただきます」「ちなみに私の場合は」スタイルからは程遠く、ただ適当に気に入った写真の人をフォローして目を楽しませているだけなんですが、インスタがですね、ついに本格的マネタイズを始めまして、どういうことかというと、広告を表示し始めたんです。




それはまあ良い。サービスが無料だとは僕も思いません。代償はもちろん払いますよ、お世話になってるし。と思うんですがそれはあかんやろと。

何があかんのかと言うと、投稿されタイムラインに流れていく写真たちに紛れて、美容やら転職やら何やら、同じような写真のスタイルで広告を混ぜ込んだんです。それはあかんやろと。

こっちは自分が眺めて楽しむためにタイムラインを構成してるんです。その、好きな写真をツーッツーッと微笑みながら指で流し流し流して突然のリクナビ。なめてんのか。

僕はそういう見たくもない物から目をそむけるために現実逃避として写真を眺めてるんです。なぜ通常の投稿写真に似せて広告を混ぜ込むんですか。完全にブービートラップじゃないですか。

しかもどの広告も、何となくインスタってこんな感じだろ的に、中途半端にええ雰囲気の写真にしてるんですよ。これがイライラに輪をかけます。インスタグラムって写真で儲けてきた会社でしょ。こういう広告枠の売り方をするってことは、写真を根っこからバカにしてるのがモロバレするということだと、なぜ気づかないんでしょうか。

ネットやスマホの、とにかくうっかり誤作動タップミスで押させてクリック数を稼ぐ広告スタイルを見るにつけ、世の中には卑しい仕事というものが確実に存在するという思いを新たにしますが、インスタグラムの、「お前らは何となくええ雰囲気の空とか自然とかカワイイ小物とか写ってたら何でもええんやろ、さっさとうっかり押せや広告」というのは、仕事を超えて人間性の卑しさを露わにするものでした。混ぜるな。

 

広告はバナーにするか、タイムラインに混ぜず一番上に常に表示して、元来のうっかりタップミスで金稼ぎをするべきです。それなら鼻で笑って許容ができますのに。なぜ自分たちの魂とも言える「写真」を、そんな卑しい広告に易々と売り渡してしまったのでしょうか。

 

テレビでは詳しい所がどうなっているのかまで理解できていないので言及を避けますが、ラジオでは生CMがいつも人気です。という話は以前にもしたことがあるかもしれません。

CMというのは、番組本編中に、パーソナリティが生でCM原稿を読む、というものです。

この生CMが人気の理由は大きく分けて2つあり、ひとつは経費がかからないことです。ナレーターをスタジオに呼んで録音し編集して納品する等々という手間を全て省略し、生放送当日、パーソナリティの前に紙っぺら1枚置いて、この通り読めと。間違えたら事故扱いで3倍補償してもらうぞ的な。それで済むわけですから、段違いですよね。

 

そして人気の理由のもうひとつは、パーソナリティが、個人として薦めているかのように誤認させられるからです。聴いている人は大なり小なりそのパーソナリティのことが気になって聴いているわけですから、その人の口に「この商品いいですよ」と、番組内のトークの流れで言わせるのには、特別な意味が確実にあります。

 

若い頃はもうありとあらゆるワイド番組をやりましたが、当時からこの二つ目の理由で生CMが大嫌いでした。誤認によって商品への信頼度を上げる。「誤認っていうのは聞き捨てならない!」と広告関係のみなさんは怒るかもしれませんが、広告は大なり小なり誤認によって成り立ちます。堀北真希ちゃんがかわいいから彼女がCMしてるシャンプーを買う。それは、素晴らしいシャンプーをより多くの人に買ってもらうための努力ですが一方で、まきんぽとシャンプー自体の素晴らしさは全くの無関係ですよね。

CMの枠の中でやっている分には、番組作ってる側とすればどうでもいい話なんですが、広告が番組に侵入するというのは、本来は非常に非常に非常にデリケートな問題であるはずです。視聴者の皆さんにはどうでもいいことかもしれませんが。免許事業として公共の電波を使わせてもらっている限り、特定の個人や企業の利益というものとは、民放であってもどこかに明確なる一線を引かなくてはいけないはずです。僕ら国民の持ち物ですからね電波は。国の物でもテレビ局の物でもありません。

今は当時よりもっとお金に困っていますので、さらにそれらの線引きはグズグズになっていることと存じますが、僕は広告の本来的意義と知ってはいながら、それでもやっぱり生CMは嫌いでした。番組にとって、そしてパーソナリティにとって、彼らの口で、言葉で話すというのは、まさにコアそのもの、魂そのものであるはずです。それを一企業の営利のために易々と利用するなんて。しかも1回読んでパーソナリティは5000円とか1万円とかいうカスみたいな金しかもらえないんですよ。そんな小銭で魂売れとか、ふざけるにもほどがありますよね。まあ、「もっと払ってやれよ」という単純な怒りだったのかもしれませんが。

 

インスタグラムの広告を見て、そんなことを思い出しました。昔の話です。



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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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