腐ったアイボリーが目に染みる。ユニットバスの蛇口を捻る。

硬い音を立ててビジネスホテルのシングルルームに湯気が舞う。

 

何日も、何か月も、何年も、家に帰らずホテルからホテルへ泊まり歩いた。

それは当時の僕の仕事環境と、人間関係と、精神状態の結果だが、だからこそ僕は、ホテルステイの楽しみ方を知らずに過ごしてきた。部屋に入るなり倒れこんで眠る。ベッドから無理やり身体を剥がす。ひたすら目を閉じて頭に熱いシャワーをぶち当てて、濡れた髪のまま仕事場へと戻っていく。僕にとってのホテルステイは、苦痛に満ちた隙間だった。日常と非日常。汗臭さと石鹸臭さ。疲れと疲れ。仕事と仕事。




ホテルの湯船に入浴剤を注いで就寝前にゆったりと浸かり、疲れをとる。

例えばそんな暮らしのヒントにさえ、ずいぶん最近まで全く気づくことがなかった。チェックアウト10分前のシャワー。当時の僕が、それ以上の時間を風呂に費やすはずもなかった。せいぜい僕が知っていたのは、フロントで加湿器があるかどうかを訊くこと。床のカーペットに水を撒くこと。埃で咳き込み寝られなくなるのを防ぐこと。

 

ドラッグストアで使い切りのバスソルトを買った。

今の僕には多少の正気と余裕がある。仕事で出張ともなれば、就寝前、入浴剤の入ったバスタブに静かに身体を預け、何だったら読書したりするような時間だって過ごすことができるのだ。

出張中の身動きの取れない時間を利用して、本を読むことにした。しかも苦手で苦手で仕方のない、新刊を読む。僕の新刊恐怖症は、もう25年以上も続いているから、少なくとも1990年代以降の小説は、ほぼ読んでいない。

 

“元気に入浴、心を落ち着かせるにはメリッサの芳香浴”

体調が悪くなりそうなコピーが書かれた紙袋を破ると、オレンジの塩粒が狭いバスタブに散って黄緑に溶けた。腐ったアイボリー一色のユニットバスが湯気を含んで膨張する。圧迫された視界をふりほどくように、駅前の本屋で買った最近の文庫本を開いた。物語が始まり、二行で閉じる。開く。二行。閉じる。開く。一行。閉じる。飽きてやめる。新幹線の中で、身体に染みついた拒絶反応が開いては閉じた、最近の本。

レモンなのかオレンジなのか良く分からない芳香が僕をやる気にさせた。頭皮から噴き出る汗。三行五行、ついにページをめくる。僕が本を読んでいる。何かのスイッチが入ったのかもしれない。肩と胸に汗の玉が連なって、アイボリーが溶けていく。さらに次のページ。まだ本を閉じたくはならない。

 

発汗量に比例して読書スピードが上がって目に入る汗を一旦拭こうと初めて本を閉じて洗面台に置いた。洗面台に掛けておいたタオルを掴んで引っ張って、タオルの尻尾は躍動して隣の本を引っかけた。コンマ5秒で湯船から拾い出した本は湯葉のように波打っていた。カバーが外れて剥き出しになったアイボリーが読書意欲をするすると吸い取って、僕はついさっきまで本であったものをゴミ箱に投げ込んで風呂の栓を抜いた。湯が流れ落ちるのを待たずシャワーをひねってシャンプーを始める。家から持ち込んだ紫シャンプーの泡が渦を巻いて黄緑に混じった。




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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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