映画にはストレス解消と何も考えない時間しか求めていないので、演者の演技が気になってしまう邦画は観ませんし、洋画でもいわゆる「考えさせられる深いテーマ」みたいなのは観ません。そういうのは自分の頭の中で十分間に合っているし、何よりも頭を使いたくなくなってどうしようもないときに映画を観に行くのです。そういえば、「考えさせられますね」撲滅委員会も設立しなきゃいけませんでしたね忘れてました。

 

何でたまーにしか観ない映画についてこんなに何度も繰り返さなきゃいけないのかと、いい加減自分でも嫌になってきていますけど、そこはまあ、ラジオテレビが登場する前の国民的娯楽であったってことで。やっぱ映像ってすごいなと。すごいっていうのは、映像って楽だよなっていう意味でもあります。



深くのめりこむことはできますが、基本的には圧倒的な受動的娯楽です。「的」を三連続で使っているのはわざとです。座って目を開けてれば何から何まで全部やってくれる。視覚を占領されると人間は他に何もできなくなる。何から何まで情報を隙間なく準備して点滴のように体内に送ってくれる。ですから、深く向き合うこともできる一方、アホがアホみたいな顔して鼻水垂らして眺めることもできるという、かなりすごい娯楽です。そして僕はアホみたいな顔をしているアホとしてしか映画を観ないタイプの人間です。音に深く向き合うというのは、アホにはできません。そんなこと言い出したら文字に向き合うのはもっとアホには無理ってことになるだろうがと言われそうですが、大体合ってます。しかし今日、そんな能力は世の中で全然求められなくなりましたから、僕らは安心してアホみたいな顔していればいいのです。どうせ全員アホなんだから自分もアホでいい理論。

ですんで、そもそもラジオはアホには作れないんですが、基本的にはアホが作ってます。作ってました。数年前までの知識しかないんで。解決方法としては、アホでもそれなりのものを作れるようなシステムを、というかアホでもかしこでも、それらに依存することなく無関係に問題なく作れる別の場所を、まず作るしかありません。

 

そんなアホみたいなお話はどっちでもいいんですが、さきほど申し上げた、いわゆる「考えさせられる深いテーマ」の洋画を、仕事上どうしても観なければならなくなりました。ザ・単館系。僕が絶対に観ないタイプのやつ。あーこの前観たトムクルーズの映画面白かったなー。

単館系はあっという間に上映期間終わってしまいますし、そもそも近所でやってるかどうかさえ怪しい。

よし、渋谷で15日までか、オッケーオッケー。あかん忙しくなってきた来週にしよ、と思ったら来週は朝10時半から1回だけかよ、無理無理。と思ってたら上映期間終わってるやんけ! みたいなことで、さすがにめんどくさくなってきたんですけど、今回のは観ておきたい。ようやく体が空いて、どこでやってるかって、柏とか山形とか岐阜とかふざけんなよと。誰が映画観るためにそんな蛮族の領土まで行くんですかとか考えて自棄になって、お、神戸でやってるやん。じゃあいっそのこと神戸まで映画観に行ってくるかということで、行って参りました。風とロックCARAVAN日本の時でしたっけ、2年くらい前でしょうか、行きましたけどそれ以来かな。



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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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