(この作品を読むのに必要な時間:約110)

 

 

 前に噴けば足に掛かる、上に噴けば後ろに落ちる。斜め上に思い切り噴いて、思い切り漕ぐ。

 水はつまらないから飽きた、ジュースはベタつきが不快だ、炭酸は目が開けられなくて転んだ、黒烏龍茶がお気に入りだ。何よりもベタつかず、仄かな香ばしさは風と共に鼻腔を爽やかにして、彼は初めて少し声を出して笑い、ペットボトルを全て霧にした。



 

 街灯もまばらな田舎の住宅街、犬の神経質な喚きとテレビの薄い笑い声がせせらぎのように夜を流れて自販機がペットボトルを吐き落とす8時半。彼は今夜も夕食後の家を抜け出し静かにやってきた。

 黒烏龍茶をカゴに入れて再び歩くように漕いで数分、少し開けたバス道に出て彼は離陸前のジェット機のように静かに止まる。町内では唯一まっすぐに伸びる広い道、顔色ひとつ変えずカゴから黒烏龍茶を取り出し、ひと口、ふた口、ペットボトルを傾けて、飲まない。

 頬をはち切れんばかりに膨らませセンターラインに仁王立ちでデンと構える時間ももどかしく彼はペダルを力いっぱい踏み込んで肛門のように固く閉ざした唇からはトプピュと黒い液が数滴漏れ自転車はあっという間にトップスピードに、乗った。

 

 黒いブロック塀黒い並木黒い電柱はさらに黒く後ろに滲んで膨れ上がった頬の先端は朧な街灯でツヤリと正面に成長点のごとく突き出され両足は神の意志のように節度を失って回転して今にも飛び上がらんばかりの彼は飛び上がらず突き出された顔を気高く斜め上に向け怒張した頬が月に照らされ月になった瞬間プブ―――――――――――――。

 闇に向かって前方45度に噴き出された黒の霧は、滞空一刹那、彼の顔めがけて降り注ぎ彼は、満面の笑顔をもってシャワーの中を突き抜け暗闇に向かって伸びる道の向こうへ溶け去っていった。乾くまで。乾いて笑顔が消えるまで。



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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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