先日、ちょっとしたお仕事でスタジオを借りたんですけど、何ていうんですか、映画とか広告とかで使うような立派な箱のスタジオではなくて、マンションの一室を改造したような狭いスタジオ。

和室があってその隣はお姫様の部屋で、反対側の壁は古い洋館みたいな感じで階段は骸骨転がってる洞窟みたいな。狭い中に色々頑張って詰め込んであります。

 

で、僕は和室を使いたくて色々探してもらっていたんですが、なかなかイメージに合うのがありませんでした。和室スタジオって基本的には良い具合の侘び寂びを演出した、枯れた感じのところが多くて、僕が望む、大奥みたいな感じのド派手なのはあまりありません。少ない予算でそんなもん希望すんなよって話かもしれませんけど。

で、「こんなところはどうでしょうか」という候補で冒頭のスタジオを挙げて頂きまして、ここいいじゃないですか、他になさそうだしここにしましょうということになりました。



 

ロケハンに行きます。ロケハンとかそういう用語はダサいですよね、下見に行きます。業界用語撲滅運動も5年目ぐらいに入りました。

 

こういうスタジオは普段誰が使っているのかと言えば、まあ言ってしまえばAV撮影が多いんだろうけど、他にはどんなのがあるのかと思い現地に到着しましたらば、玄関にはビジュアル系バンドのポスターがいっぱい貼ってありました。ああ、こういうアマチュアバンドとかまだあんまり売れてないミュージシャンとかのスチール撮影とか、要はアー写みたいなものを撮っているんですね主に。

 

下見を終えて、じゃあここに決めますと伝えて家路につきました。

 

「この和室で撮影したPVYouTubeで見つけましたのでご参考までに!」

というメールが届いておりましたので拝見しました、男4人がお化粧をして和服の袖をヒラヒラさせながら歌い踊り演奏するビジュアル系バンドのPVでした。ああ、やっぱりこういう感じなんだ。僕はそっち系の知識が皆無なので、はぇーすっごいと思いながら見るばかりです。

 

 

さて撮影日になりまして再びスタジオを訪れました。

当日はどうやら、僕たちの利用する時間の前後に、他の人が使っているようでした。

撮影の準備をしながらスタジオのスタッフの方とお話をしておりましたところ、ドアが開いて、外から人が入ってきました。

逆立つ紫の髪、真っ白に塗られた顔、長袖Tシャツにシャカシャカジャージ。

これから衣装に着替えて撮影に臨むのか、すでに撮影を終えたのか、ともかくビジュアル系バンドマンらしき男の子です。

 

僕らがすでにいることを知らなかったのでしょう、彼は入口付近に立っていたスタッフの腕に飛びつき、「にゃん♪」と言いました。

 

 

にゃんかー。

 

 

新種です。新種の感情ですねこれは。

キモいとかサムいとか面白いとかイライラするとか、そういうのとは全然違う感情。しいて言うなら、「これがコビトカバの生写真だよ」と見せられるような、何なんですかその例えもひどいですねというような、清々しい混乱が僕を吹き抜けて行きました。

まさかこの年にして新種の感情に出会うとは思ってもみませんでした。ありがとうございました。

 

 

撮影が終わりましたので、スタッフの方に挨拶をして表に出ましたところ、おそらく僕たちの次にそのスタジオを使うのでしょう、また別のビジュアル系バンド風のメンバーが外で待っていました。見た目はすこぶる地味ですが髪の毛の色だけが異常なのできっと化粧前のそっち系の人なんだと思います。

 

「お待たせしてすみませんでした」と彼らに声をかけて去ろうとしたところ、お返事がかえって参りました。

 

「おつかれでーす」

 

ん?

 

今何て言った?

 

おつかれでーすって言ったか。言ってしまったのか。おい。

お前は誰にならった、そのくだらんあいさつを。親か。バイトか。テレビか。

今は夜だから、知らない人に会ったら「こんばんは」でしょ。おつかれでーすて。俺の疲れはお前らに関係ないやろ。気持ち悪い。業界きどってんのか。同業者きどってんのか。やめとけやめとけ、アホに見えるぞ。

こんにちは。こんばんは。さようなら。失礼します。これらを使用したまえ。

 

 

ビジュアル系のみなさん、お返事していただいてありがとうございました。大変うれしかったです。活動がんばってください。




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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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