毎学期末に、校内大会というものが開催されます。学年ごとに、クラス対抗でサッカーとバレーボールのトーナメント戦を行うものです。修学旅行もなく、学園祭とは名ばかりの、保護者とだけが見ることのできるつまらない部活動披露会であるこの学校において、この校内大会は貴重な、イベントらしいイベントでした。

中学1年生、最初の校内大会。まがいなりにも彼は、クラスで数少ないサッカーの経験者でした。彼は、「キーパーが下手だとどれだけ頑張っても負けてしまうから、俺がキーパーをやる」と申し出ました。言うまでもなくそれは口実で、彼はそれなりに自信があったゴールキーパーをすることによって、周りに、特に女子に、チヤホヤされたかったのです。




小学生のとき、従兄にもらったキーパーグローブが役に立つ日がやってきました。使い古されたグローブは、当時誰もが憧れるフランスのメーカー、ルコックのものでした。大会前夜、彼は部屋でグローブを一心に磨き、赤と青のライン、ニワトリのロゴはピカピカと輝いていました。

 

 

試合はひどいものでした。

彼の1組は、3組に12で敗れました。

 

試合は10でリードしたまま後半に入り、彼も無難にゴールを守って、もっと横っ飛びできるようなシュートが来れば、みんながキャーキャー言ってくれるのに、などと考える余裕さえありました。

すると、それまで後ろの方でダラダラとボールを回していた3組の一人の男子が、突如としてボールを持ち、こちらのゴールを目がけてドリブルを仕掛けてきました。ディフェンスも軽々と交わされ、あっという間にキーパーとの11です。

 

彼には11の自信がありました。小学生の時に、11からゴールを決められたことが一度もなかったのです。それはもちろん偶然でしたが、少年のちっぽけなプライドの根拠となるには十分な経験でした。

重心を低く落として相手との距離を保ち、ドリブルでボールが相手の足から離れる瞬間、一気に間合いを詰めてシュートコースを潰す。そうすればプレッシャーで大抵の人はミスをするか、キーパーと接触することを恐れて身体を避けます。臆病で内気な彼は、なぜか、ケガのリスクのある場所に躊躇なく飛び込むのが得意でした。

 

よし、獲れた。彼は飛び出した瞬間そう思いました。いつもと同じ。こいつも同じようにミスをする。

身体を倒し、手をボールに伸ばした瞬間、相手の身体はヒラリと宙を舞い、ボールはキーパーをあざ笑うかのように腋の下をすり抜けて、サイドネットにコロコロと刺さりました。

 

余裕綽々、といった感じで歓喜の輪に入っていく男子。倒れ込んだまま、頭が真っ白なゴールキーパー。信じられませんでした。あのプレッシャーの中、完全にボールをコントロールされるとは。

彼はまぐれだと思い込もうとしました。偶然やられたと。自分の運がなく、相手の運が良かった。

しかし、そう思い込んで立ち直る間もなく、男は再び颯爽とドリブルを仕掛け、1点目と全く同じように彼を交わして同じようにゴールを決めました。

 

まぎれもなく、その男子は経験者で、まぎれもなく、手を抜いていました。自分が本気を出してしまえば試合が壊れてしまうから、おしまいだけチョロリと顔を出そうと。そんな3組の男子は、内臓から絞り出したような女子の嬌声を浴びて爽やかな笑顔を見せ、少年は黙って、ドロドロに汚れたキーパーグローブを見つめていました。

 

彼はそれ以来、二度とキーパーをすることはありませんでした。




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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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