日本においては一マイナースポーツに過ぎなかった当時のサッカーの専門誌は、『イレブン』『サッカーダイジェスト』、少し遅れて『ストライカー』と、三誌が細々と刊行されている程度でした。そんな娯楽雑誌を買うようなお金など持ち合わせない彼は従兄の本棚から雑誌を抜き取り、むさぼるように読みふけりました。



 

1982年のW杯スペイン大会を終えた直後の雑誌は、予選で姿を消したにも関わらずブラジル代表の話題で持ちきりでした。

ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ=セレーゾが構成する黄金の中盤カルテットがいかに素晴らしいか。彼らのテクニックがいかに美麗であるか。少年はそれらの記事に目を奪われました。全てを網羅するサッカー誌ですから、当然日本のサッカー事情も扱っていたのですが、当時のJSL、日本サッカーリーグは単なる実業団社会人リーグに過ぎず、注目すべきは日本でただひとつプロを目指して作られたクラブチーム、読売クラブ(後のヴェルディ)だけでした。

 

ジーコのボレー、ソクラテスのヒールキック、聞いたこともないような異国のクラブチーム名、まだ見ぬ海外のスター選手紹介、奥寺康彦や尾崎加寿夫、水島武蔵といった、海外のリーグで活躍する先駆者たち……彼の妄想は膨らむばかりです。中でも大好きだったのは、『スーパースター列伝』と銘打たれた、スター選手紹介のマンガでした。

イングランド代表で、ドイツのブンデスリーガ(当時は世界最高峰リーグとされていました)でも活躍したケビン・キーガンという選手の物語を、今でも彼ははっきりと覚えています。

 

 

少年時代、路地裏でサッカーの練習をするキーガン。彼は小柄ながらも、恵まれたバネを生かした叩きつけるようなジャンピングヘッドを自分のものとすべく、木の壁に向かってヘディングシュートを繰り返しています。

練習を見つめる幼馴染の少女。少女はどうやら、キーガンに淡い恋心を寄せているようです。

そこに現れたのが、街のゴロツキです。ヤツらはキーガンに、お前みたいなチビがいくら練習したってムダだと冷笑を浴びせからかってきますが、キーガンは相手にせず黙々とヘディングを続ける。

ゴロツキどもは、少女に目をつけ、こんなやつほっといて俺たちと遊ぼうぜと絡みます。嫌がる少女。

通常ならばここでキーガンは、ケンカしたり、あるいはボールを蹴ってぶつけたりなどの技を用いてゴロツキを追い払う、というのが王道のストーリーのはずですがキーガンは違いました。

 

幼馴染が連れ去られようとしているのに気づいたキーガンは、それでも練習をやめません。黙々とヘディングを続けます。

なぜ俺たちを止めないのかとゴロツキたちが不思議に思い練習を見つめます。鬼気迫る表情で壁にボールを打ち付けるキーガン。何度も何度も激しく、正確に一点をめがけて壁に叩きつけられるボール。激しい音を立てて破れる壁。なぜか気おされて逃げ出すゴロツキ。

キーガンは、「すごいヘディング」を見せつけて幼馴染を守りました。

 

少年は驚きと笑いをもってこのマンガを何度も読みました。ぴょーん! ふん! ドゴン! 無言でヘディングを続け壁を叩き壊せばゴロツキが逃げる。何じゃそれ。そんな面白いことがこの世にあるんですか。

 

 

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このエントリーは、

ルマガ 山本山本佳宏『二十一世紀の未読』

本日配信分の一部を抜粋したものです。

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