というわけで

 

作家を始めて何年かの間、すごく厳しいというか口うるさいディレクターと仕事をした。

『"さて"を使うな』 『"というわけで"とか書いてんじゃねー』

まあ何かにつけて「というわけでございまして」とか「さて」とか言う人は多いし、実際に編集点として便利な面もある。でも作家が原稿でそれをやっちゃダメなんだと、作家としての脳みそが腐るんだと、むこうの口と僕の耳が同期して酸っぱくなるくらい言われた。

当時は「うっせーなこのオッサン。関係ねーだろーが」としか思ってなかったが、ある程度年齢を重ねた現在、あのときのことをふと思い出す。

今僕は、文の頭に『さて』とか『というわけで』とか書くのが死ぬほど嫌いだ。それはあのディレクターの教育の結果なのか、実は昔からそう考えていたのか、今となっては分からない。しかし、いつの間にかどんどん『というわけで』を意識的に排除していきある日ある事実にあるっと気づいた。

 

「見てるやつがハッとすれば、それでいいんじゃねーのか?」

 

見る側&聞く側の注意を「話変わったよー」「仕切り直しますよー」と喚起する目的さえ果たせば別に何でもいいんじゃないか。

 

テレビではなかなかやりづらいので、まずはラジオでやり始めた。何をだ。

『"というわけで"の代わりに、完全に脈絡のない擬音語で話を仕切りなおすこと』だ。

 

先週の原稿ファイルを開き、『というわけで』と書かれた部分を探し、BackSpaceカチカチカチカチカチカチ。価値が化石化した接続詞などこの世から消えてしまってよい。

『というわけで』の代わりに、『す―――――ん!!』と書いてみた。叫んだのに叫んだ実感がすげーない音って何かなーと思いながら横棒をパチパチ伸ばしただけという以外の意味はない。どうしようもない志の青臭さ。どうしようもない文字ヅラの異物感。そしてタレントが半信半疑FACEで『す―――――ん!!』と叫んだ瞬間の、どうしようもない快感。ほら!成立してる!成立してなくてしてる!異物感があればあるほど話題転換には持ってこいだ!!!よし、今日から変な音インサートしまくってやる!!!!!!

 

正確に言えば、これは擬音語とは言えないかもしれない。

 

ぎおん-ご 【擬音語】

事物の音や人・動物の声などを表す語。「ざわざわ」「がやがや」「わんわん」「しくしく」の類。擬態語。写声語。オノマトペ。

 

野間園子、18歳高3。最後のインターハイ。しかし彼女は、今シーズン一度も自己記録を更新していなかった。そう、ライバルが突如、陸上部から消え去ってしまったあの日から。あいつさえいなくなれば、インターハイの優勝は私のもの。そう思っていたはずだった。なのに、飛べない。昔なら軽やかに越えていたはずのあのバーが、今日も飛べない。そして、THE LAST JUMP。仲間たちが見守る中、野間はいつもと変わらない助走を始めた。徐々にスピードが上がる。不安も徐々に増す。そのとき、観客席からの声が聞こえた。「お野間―!!」 あの声はまさか。「お野間――!!!」間違いない。私がいつも目標としていた、ライバルだと思っていた、あいつの声。あいつが、私のTHE LAST JUMPを見に来ている!!飛べる!飛ばなきゃ!あいつの前で、飛ばなきゃ!!「お野間―――!!お野間飛べ―――!!!!!!!」「誰がオノマトペだ――――!!!!」ピョ―――――――ン!!!(場内から歓声)

 

すいませんオノマトペと聞いて高校時代の熱き思い出が蘇ってしまいました。

擬音語でしたね。

ざわざわがやがやわんわんしくしく。日本語は擬音語が多いね。というか擬音語抜きではほとんどの日常会話が成立しないね。よく頑張ったね。君はそのままで大丈夫だよ。泣いていいよ気持ち悪いわ!!!カウンセラー(東京在住・男)か!!!

擬音語でしたね。

『事物の音を表す』ことが擬音語か。やっぱり何かを表してこその擬音語か。なら、クリエイティブを擬音語で表す事は可能というか表しても良いんじゃないかというか文字ヅラだけでクリエイティブを表現できるなんて素敵というか既存のものをありがたがって使うだけなんてつまんないというか。



 

 

 

掘り起こせ

 

お仕着せをイヤがってばかりいても始まらない。いまだ光の当たらない素晴らしくロック&クリエイティブな擬音語がこの世には存在するはず。

 

ガガガ("ガガガSP"のバンド名より)


ガガガ。別に光が当たってないバンドなわけでは全くないけども。バンド名に擬音語らしきものが入っておりますなガガガ。

完全に脳内記憶だけで書きますが確か清志郎さんの『ユーガッタガッタガッタガッタ...』ってやる、あのステージパフォーマンスがガガガの由来だとどこかで読んだことがある。間違ってたら渋谷のスクランブル交差点ですれ違いざまに教えてくださいコザック先生。心霊か。

ガガガ...ガガガ...工事現場?掘削?KUSSAKU?女がやったら1発で冷めるクシャミランキング第3位のアレ?ク...ク...クッサク!!クッサク!!うわー「ク」で終わるクシャミとかヒクわーどこのランキングだそれ。世の中には様々なクシャミがあります。

ガガガでした。

『クリエイティブ姓名判断』(知らない人はバックナンバー読むか箭内さんにすれ違いざまに聞いてください)に照らし合わせても、『ガ』の3連発ノック音は、かなりのクリエイティブ度数。擬音語としてもいけるんじゃないだろうか。月刊アフタヌーンに連載中の『暴虐外道無法地帯ガガガガ』っていうマンガもあるしな。工事現場音だけじゃMOTTAINAIもっと光を当てたい。

ガガガ。ガガガ。ダメだガガガって聞くとハリウッド映画でニューヨークの街を歩いている主人公が突然立ち止まって過去の忌まわしい記憶がフラッシュバックする時の瞳孔が開いた主人公の口が半開きで「アガガガガガガガガ」って言っている絵しか浮かばない。そんな映画あんのかホントに。

 

【ガガガ】(擬音語)

激しくギターをかき鳴らすさま。転じて、心に響く音楽を演奏するさま。

)あんたらのステージ...最高だったよ...ガガガとしててさ...もう、アタイの時代は、終わったのかもね...フフ(タバコポイ捨て)

 

【アガガガ】(擬音語)

忘れていたことが勢いよく脳裏をよぎるさま。思い出したくない記憶が突然蘇るさま。

例)小学生の頃、上半身裸で夕涼みしていた近所のババアがいて呆然と見つめていると黙って微笑しおいでおいでをされた時の恐怖がアガガガと蘇った。

 

 

スパパパーン("太陽肛門スパパーン"のバンド名より)

 

いやーコクもキレもありますなー。スパパパーン。いやエクスクラメーションマークをつけずにはおられないスパパパーン!!!!いい。よく知らないと言う肛門知らズオーケストラな方々に簡単な紹介を。

『劇団スタイルな音楽集団。20人前後の多人数でジャズ、ファンクから歌謡曲まで、時には5時間以上にも渡って全く切れ目なく演奏が行われる』

この紹介文だけ読んで「わーなんかすげー!!カッコよさそー!!『太陽肛門』ってバタイユの本のタイトルでしょ?インテリっぽーい」と思った群れの方々は祝い酒の樽のフタを頭で叩き割るぐらいの勢いで考えを悔い改めたほうが賢明であって、この太陽肛門スパパパーンを主宰する花咲政之輔という人間は、おもくそ太っている上にブリーフ一丁であり、LIVEに備えてキッチリと風呂に入らないため特にワキを中心に非常に臭く、その身なりでまじりっけなしに卑猥な歌を汗まみれになりながら叫び倒しマヨネーズをかけ合ったりするカッコイイ!!ロック過ぎる!!!このバンドの名前を何とか擬音語として後世に残しておきたい!!

 

【スパパパーン】(擬音語)

もうどうにでもなれというくらいの刺激臭を感じたさま。臭いによって鼻が激しく捻じ曲がるさま。

例)赤道ギニアに亡命した双子の兄から荷物が届いた。『こんがり肉』と書かれたダンボールの中はスパパパーンとしていた。

 

 

 

振り返れ


オ、オオ、オオオ...どうした地底人。ジシン...ジシンガ...何っ!!地震か!!スコシ、ジシンガ、ワイテキマシタ。自信かい!!地底帰れ!!こっち見んな!!!!...地底人が地底に帰ったところで冷静に考えてみると、地上人にも自信が湧いてきた気がする。まだ行ける。かつては日本人の口元をにぎわし、そして消えていってしまった擬音語の中にも、きっと今こそ光を照射すべきものがあるんじゃなかろうか。山口仲美という人の『犬は「びよ」と泣いていた 日本語は擬音語・擬態語が面白い』という本が家でゴロ寝していたことを思い出し初めてちゃんと読んだ。良き資料でした。

 

『今昔物語集』より。

 

 

※赤子の泣き声を表した擬音語 : 【イガイガ】

 

イガイガイガイガイガ―――!!!おーよしよし、かわいそうにかわいそうに抱っこしてあげましょうねってできるか――――――!!!!!!!!!!全身毛針で貫かれるわ!!何だこのエヘン虫みたいな赤子は!!触るものみな傷つけすぎだ!!カッコイイ!!赤子をなめるな!!生まれもってのパンク!!病気持ちならぬ鋲持ち!! 子供をロック&クリエイティブに育てたいなら、赤子の泣き声表現は『イガイガ』!これしかない!!

 

 

※嘔吐するさまを表した擬音語 : 【エブエブ】

 

ちょっとアンタ飲みすぎよ?そんなに酔っ払ったら和尚さんに怒られちゃうよ?いいのよ和尚なんか。どうせアイツは一休のことしか頭にないんだから。もう?ベロベロじゃん、寺帰ろうよ寺―...あれ珍念?大丈夫?大丈夫大丈夫、私全然酔っ払ってないんだからエブエブエブエブエブエブエブ―――――――!!!!こらー!!小坊主が嘔吐すんな―――――!!!!

人間は常に嘔吐と隣り合わせ!!見て見ぬフリをして生きていくことに何の意味もない!!だからこそ注目しよう口元に!!

『エブエブ』の『ブ』に注目!!通常我々が『ブ』の音を発するときに口元はどうなっているか、上下の唇を閉じてこすり合わせている、つまり『エブエブ』バージョンの嘔吐は出したり出さなかったりの優雅な点線を描いている!!!!嘔吐に遊び心あり!!内臓が蠕動して突き上げる瞬間にこそクリエイティブ!!!

 

 

※すさまじい喧嘩の音を表す擬音語 : 【カラカラ】

 

ふー...朝メシ食った直後の大便は格別だぜ!!(ガラッ!)兄者――!!ワシにも大便をさせてくれい!!なんじゃ弟よ!!いくら仲の良い兄弟であっても、一緒に便所に入るなど聞いた事がないわ!!良いではないか兄者、ともに良い朝を迎えよう!!やめろ貴様!!ただでさえ狭いのに入ってくるな!!なぜ嫌がる兄者、お、トイレットペーパーがなくなりそうだ、ワシが替えてやろう!!替えなくて良い!!いや替える!!この野郎――――カラカラカラカラ!!カラカラカラカラ!!カラカラカラカラ!!どっちのカラカラかさっぱり分からん――――――――――!!!!!

すさまじく喧嘩しているはずなのにこのlight&dryな擬音語は何だ!!いいじゃないか!!じっとり陰湿な喧嘩をするくらいなら、お前らもたまにはカラカラと殴り合ってみろ!!そういう示唆100%な擬音語だこれは!!ロック&クリエイティブ!!

 

 

 

創れ

 

ただ何となく新しい擬音語を作ったところで使い道がなければそれはただの自己満足であってマックス行っても流行語どまり。

ジョジョの奇妙な冒険は大好きだが、『メメタァ!!』という擬音語を日常生活にブレイクダウンできる自信は全くない。

 

『ブームじゃねえ、カルチャーでもねえ、俺は人生を創りたいんだ』(マリー・アントワネット)

 

使い古された既存の擬音語を、意味そのままに表現だけ差し替える。これだったらどうだ。使わざるをえないだろ。輪廻転生。英語で言えばリホーム。せめてFくらい発音してくれ。

さあ決めろ!!21世紀はこの擬音語でいく!!!!

 

 

【ワイワイガヤガヤ】 多くの人が騒がしく声をたてるさま。

 

擬音語といえばこれ。あまりにも慣例化しすぎてて途方にくれるほどの逸品。似た感じで『ザワザワ』もあるな。かつて『ドクタースランプ』という漫画の中で、鳥山明が『ワイワイガヤガヤ ニギニギヤカヤカ』と喧騒を描き、我の股間を熱くさせたのを思い出す。ド変態か。股間は熱くならんけどもやけに鮮明に覚えてるんだよなーニギニギヤカヤカ。今となってはどーってことない描写なのかもしれないが当時は旧来の擬音語をいじくることを禁忌破りと考えていたのかどうか、とにかく「うわーこんな表現なんかないのにあることにしてるー」というカタルシスを感じてたはずだ幼き日の我。しかしそんな群青色の思い出もろとも、この擬音語を刷新してやる。

 

⇒多くの人が騒がしく声を立てるさまを表す、新擬音語 【デサデサ】

 

人ごみにまぎれたって鼓膜を揺らす音は『ワイワイ』でも『ガヤガヤ』でもないしそんな音聞いたこともないし騒がしいと感じるのはそういったバックグラウンドなノイズじゃないしどちらかというと自分の周囲を取り囲む人たちの会話だしそれが騒がしいと感じるのはメンタルな部分も相当影響してくるわけだしつまりは気に食わないヤツのしゃべってることが一番耳に入ってくるし!!!

「でさでさー、アイツに言ってやったの。『おとといおいで』ってさ」「やだカッコイイじゃんルミ子?」会話描写に完全に偏りがあるのは許してください。親のしつけが甘かったんです。

このカサにかかってこの盛り上がってるこの感じ!!!当事者なら気にもならないが他人となれば話は別!!屋外で盛り上がってんじゃねー!!デサデサうっせーんだよ!!!!! ←このように使います。

なお応用として、森山直子さんの例の曲は「♪でささ でささ でささ」と歌っていただいても結構です森山さん。

 

 

【ドカーン】

 

爆発系擬音の代名詞。慣れすぎて、もはや平和の象徴にすら感じてくる。うさちゃんと鳩がこっち向いてキョットーンみたいな。ビックリマークの多さで生きながらえるレベルの、死に体擬音語だ。ダメ。ダメだ。もはやドカーンに未来はない。未来をつかむのは、新しい擬音だ。

ドカーンは純粋爆発音から派生して、さまざまなシーンで使われるようになっております。例えばお笑いLIVEなどでございます。爆笑の擬音語として使われております。そういった現場にいると時々神が降臨してこの世のものとは思えないような笑いを生み出す瞬間があって、その時客席から聞こえてくるのは『アハハハハ』ではない。『ドカーン』でもない。

 

パチ―――――ン!!!

 

そう聞こえた。何度か遭遇したが、そのたびに耳に届いたというか体にぶち当たった音は、『パチ――ン!!』だった。

爆発の擬音語、は、ドカーンじゃなくパチーン。それでいいんじゃないか。そう思った時期が、確かにありました。しかし、今は違います。ドカーンはもともと爆発さんが持っていた物。爆笑被告は...それを無断で借りたに過ぎない。異議あり!!却下します。グッ...しかし...!!弁護人、続けてください。ありがとうございます工場長。裁判長です。

爆笑シーンで得た擬音を爆発に転用するのは、やめよう。あくまで爆発音から始まる擬音でありたい。

『ドカーン』徹底分析。

『ド』は良い。かなり良い。というか『ド』抜きで爆発擬音は成立するのだろうか。「バガーンとかあるじゃん」とお思いの方もいるだろうがしかし。『ド』だから良いんだ。『ド』は時にあいまい母音を伴う『ドゥ』ともなり、発火する瞬間周囲の酸素を呼び込むその刹那の静寂を表現することが可能。それに比べて『バ』はダメ。資格取るのが趣味のオッサンぐらいダメ。『バ』なんて情緒のカケラもない音を採用するくらいなら一生紺のブレザーで生活するほうがまだマシ。マーシーじゃないよ。

『ド』は引き続き採用しよう。問題は『カ』だ。『カ』のどうにも水分の足りないアホみたいな響きが『ドカーン』の致命傷。

もうやめて!スゴイ!お願い!もうやめ...やめ...やめないで!! そんな親にも聞かせたことのないような声で懇願するほど体にネットリとまとわりつくような爆発を表現したい。

 

 

⇒爆発を表す、新擬音語 【ドラーン・ドリーン・ドルーン・ドレーン・ドローン】

 

正直、ドネーンとかドバーンとかも考えないではなかったよ。

しかしドネーン:爆風がスライムみたいに地面にネチョッと落ちそうでイヤ。下級霊程度。

しかしドバーン:当たっても痛くなさそうでイヤ。泥棒猫を追い払うオバハン程度。

切れと粘り気を併せ持ち斬魄刀のような輝きを放つ爆発音を表すには足りない。

生まれてこの方、目の前で超大爆発を見たことがあるかと言われたらアリマセントオモイマスと片言で答えるしかないが、爆発にだって色々な種類があることくらいは知っている。廃墟ビル一棟ぶっつぶすプロの爆破から仮面ライダーのバイクの左右でチョコチョコ煙を上げる爆破まで。その全てを網羅する擬音は...ラ行しかない。なぜかって?まあそうあせるな。せっかくこうして会えたんだ、酒でも飲みながらもう少し俺とのおしゃべりに付き合ってパリ――ン!!...ふっ...どうやら、喉は渇いてないらしい。ならばこちらから行く!!これはいつのジャンプ漫画でしょうか。山本先生の連載が読めるのは風とロックとか!!だけって言えよだけって。

ラ行でなければならない意味。もう分かるだろうそれは『巻き舌』!!!!フルルルルルルルルルル唾が飛んでいく―――――!!!!!巻くことによって爆風を!!!ツバによってその被害を表す『ラ行』こそ爆発の擬音語に最適!!しかも「巻き舌/non巻き舌」の調節で爆発の大小も表現自在!!ラリルレロの使い分けはその場の雰囲気でご自由にどうぞ!!

 

 

 

塗り替えろ

 

小説書き方Q&A

Q『小説では、擬音語・擬態語を使わないほうが良いのでしょうか?』

A『下手に使いすぎると、作品全体のイメージが薄っぺらくなってしまったり、読者から「擬音語使わないと表現出来ないのか」と思われてしまったりすることもあるでしょう。使わないほうが無難です。』

 

らしいですよ奥さんとその愛人さん。愛人を連れて歩くなオバハン。つーか小説の書き方にQ&Aがあったり、正解不正解があったりなんて初耳です。

 

その車はキキキキーッと音を立ててブレーキをかけたが間に合わず、壁がガラガラガガラーっと崩れ落ちた。私はバターンとドアを開けゴロゴロゴロっと車から転がり出した。蛇はニョロニョロと再び動き出した。大丈夫、生きている。ドキンドキンと高鳴っていた鼓動もようやくおさまり、辺りを見回すと、そこはブリンブリン言いながらグルングルン回転する暴走ゾクンゾクンのアジトであった。

 

例文書こうと頑張ったけど最後ダメでした。擬音語多用ってこんな感じか?コレだめか。小説ではやっちゃダメってか。賞獲れないか。どうでもいいけど、俺も似たようなもん書きそうな気がするし、こんな感じで書きたいなら書けばいいんじゃないの?

 

高校の部活時代、練習中に水を飲むなとぶん殴られた。今では水を飲まないとぶん殴られる。かつて地球は丸い皿で、端っこからは海水がこぼれ落ちていた。なんだこの例え。嘘はホントでホントは嘘で、正解か不正解かなんてど―――――でもいいということだ。自分でやりたきゃやればいいのに。擬音語使いたきゃ使えばいいのに。ドバーンでもプリーンでも、言いたきゃ言えばいい。50年後とかそれこそ5年後とかに、擬音語を使わない文章は読む価値無しという世界になっていないという保証が誰にできるのか。だから正解も不正解もない。あるのは自分が楽しいか楽しくないかだけ。失敗しても人真似よりは楽しいと思うから探すだけ。5年前の自分を真似したくないと思うから塗り替えたいだけ。壊し方にだって色々ある。創り方に色々あるように。自己採点が100点だったらそれでいいんじゃないでしょうか。