山本山本佳宏 yanmo.jp

小説(習作)

死角

(この章を読むのに必要な時間:約210)

 

 死角で何かが起こっている。起こっているのは確かだ、しかしそれを見ることができない。

 

 同僚に禿げを指摘されたのは、1か月ほど前のことだ。

 笑いにもならない嘘をつくな空気の読めない冗談だと西から東へ受け流して同僚もだんだんむきになって人差し指先で小突き回すように私の後頭部を差して禿げてるんですよここが本当にと今にも禿げそうな大声を出したが私には見えない、そこは死角だ。死角だから見えない、だから禿げは無い。

 同僚はその後もしつこく、事あるごとに私に禿げがあることを認めさせようとした、彼によると禿げは一か所ではなく、複数箇所に散在しているらしいが私には見えない、どれも死角だ。だから禿げは無い、一つたりともない。

 朝起きてテレビをつけたら「今日のお前の運勢は最低だ」と明るい声で宣告され、会社に行けば同僚が「手鏡を持ってきたのでトイレで見てみよう」と腕を引っ張る。強盗のように野蛮、通り魔のように理不尽。私は朝からギャンブルをするつもりもないし、禿げてもいないのに禿げている禿げている禿げていると連呼されるような不快な思いをしなければならない謂われもないはずだ。無いとは分かってはいても禿げが山ほどあるなどと失礼な事を言われれば要らぬ心配が生まれてしまう。


黒霧

(この作品を読むのに必要な時間:約110)

 

 

 前に噴けば足に掛かる、上に噴けば後ろに落ちる。斜め上に思い切り噴いて、思い切り漕ぐ。

 水はつまらないから飽きた、ジュースはベタつきが不快だ、炭酸は目が開けられなくて転んだ、黒烏龍茶がお気に入りだ。何よりもベタつかず、仄かな香ばしさは風と共に鼻腔を爽やかにして、彼は初めて少し声を出して笑い、ペットボトルを全て霧にした。




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