すき きらい


家に帰ってドア開けたらエアコンつきっぱなしで靴引っぺがすように脱いで廊下にはチン毛がすごい落ちてて服着たまま浴室飛びこんだら最近掃除してないからタイルがヌルヌルしててボディーソープの先っちょに鼻くそみたいな塊が垂れ下がっててバスタブに座ろうとしたら自分の膝で思いっきりアゴをカチコーンと打ってのけぞったら風呂の栓をぶら下げる留め金で後頭部カチコーンと打って右手で後頭部左手で口を押さえてそっか私ずっと泣きたかったんだす――――――ぅきぃ―――――いーいぃぃーいぃぃいいいいいい―――――――暴れすぎ!!!!!!!!!!ドーンといくぞ隣の部屋から壁をドーンと――!!!!!!!こっちはエロ動画見とんねん静かにせいす――――――ぅきぃ―――――いーいぃぃーいぃぃいいいいいい―――――――うるさいお前!!!!!!!!!フラれたぐらいで歌うな!!!!!!! こっちはエロ動画見とんねん静かにせい!!!!!!!

 

正解不正解とか善悪とかの区別ほど意味のないモノはない。X字型の便座ぐらい意味がない。

この世の人間のすべては好きか嫌いかで成り立ってて好きもしくは嫌いという感情を持たれないモノはこの世に存在してないのと同じ意味になる。

 

いかに好きであると伝えるか。いかに相手に好きになってもらうか。それが広告にとってのすべてだと思うし見え透いた駆け引きや腕つかんで駅前の自転車置き場でガッシャンガッシャン引きずり回されながら迫られる交際によってはもはや相手を好きになったりはしないよってことがダメな広告に対しての感情なんだろうと思うそういえば昔、駅前の自転車置き場で学ラン着た大人しそうな中学生男子の首根っこをつかんで引きずり回しているスーツ姿の黒人を見てKUWABARA KUWABARAの意味を肌で知ったよー。

 

好きか嫌いかの話でいうと僕は2wayという言葉が嫌いです双方向という言葉が嫌いですインタラクティブという言葉が嫌いです。さらに混乱することを言うと言葉が嫌いなんではなくてこういった言葉の意味をよく考えもせず使う人たちが嫌いです。しゃらくさいから嫌いです。

 

頭がキレキレでオシャレで最先端に面白い俺たちが下民に向かって交信を図ってやるぜ。

だからリアクションしてこいよお前ら。

それが双方向ですか。それを双方向と呼びますか。誰かアンタらにライフスタイルを提案してほしいって頼みましたか。糞詰まって当然だろ。TOTOX字便座で張り倒されるぞ。

 

日本の街にはたくさんの思いが24時間飛び交っている。あちこちから次々に発射される矢印。どの矢印をどのように受け止め、どのように反応していくのか。それが正しい双方向の始まり方だと思う。偉そうですね。

 

同じ場所、同じ街、同じ日本に住んでる人間がなぜ対岸に立とうとするのか。なぜ世界を分断するのか。自分は仕事でモノを作る人間であると同時に仕事帰りにモノを買って消費する人間でもあることになぜ気づけないか。

同じ岸に立たないと、どこかへ向かって飛んでいく矢印を見ることはできない。誰かの好きや誰かの嫌いをつかまえることもできない。飛び乗ることもできない。

「抱いてやるから服脱げよ」では、もはやセックスはできない。

 

混ざりたいんです。簡単に言うと。脳みそ混ぜたいんです人と。このキモチ、この衝動が、自分のモノなのか誰かのものなのか自分のやりたい事なのか人のやりたい事なのか自分の発想なのか相手の発想なのかもうグッチャグチャにワケ分からん渾然一体となって進んでいきたいです。それが2wayとか2.0とかとどう違ってどう同じなのかは一切分からないけど僕が放送のみならず目指すのはそういうことですピースピース。何で今Wピースした。